2026.01.06
教えることの本質について考える
細谷です。もう30年も前になるのですが、私が市進に入社したときの研修はそのほとんどがトレーナーや研修生の前で講義をする「模擬授業」にあてられていました。当時は入社後6カ月が研修期間で講師経験の有無にかかわらず、全員が教え方の理論から実践まで徹底してトレーニングを受けてようやく現場に登壇できるシステムでした。30年たった今もトレーニング期間こそ短くなったものの、学習者中心のトレーニングシステムは今も受け継がれていて、今の私の講師としての原点になっています。
私が入社したときは、最初の1カ月は教え方の基本(守破離の守)を徹底するというものでした。扱う教材は全員共通で中学生の国語で扱う論説文から5行程度切り出されたものを「範読し、解説を加えて、板書に起こす」という非常にシンプルな構成です。そこには設問や狙いやゴールというものがトレーナーからは提示されておらず、研修生自身が「学習者中心とは何か」という観点から奇を衒うことなく実践していくものでした。
ある研修生は5行の文章の「要約」を板書で示したり、ある研修生は指示語や接続語に印をつけながら「論理展開」を示したり、またある研修生は、「論説文とは何か」という「大局」から入ってその読解法を示すといった模擬授業が展開されていました。
実はこれらの全てが「良くない教え方」の典型ということをあとになって知ることになるのですが、その場ではトレーナーから「こうしたほうがよい」というアドバイスをもらうことはなく、「あなたはこう見えている」「生徒はこう感じて、こういう思考を辿る」といったフィードバックがほとんどでした。
私は市進に中途入社する前にも新卒で教育関連企業に入社していたので、講師としての経験があり、模擬授業もそれなりに自信があったのですが、この会社に入社して最初の1カ月間は、たった5行の素材に「ここまでこだわるのか」と当時驚いた記憶があります。
このトレーニングも最初は楽しかったのですが、段々と毎回同じ素材で毎回違うアプローチを準備するのは至難の業で、当時は同期同士で「この模擬授業のゴールは何だろうか」、「正しい教え方はどれなんだろうか」といった正解探しが始まりました。
ある研修生は「実はもう正解が出ていてトレーナーは自分たちを混乱させているだけではないないのか」と言い出す者も出てきて、研修を卒業した先輩がやった教え方を真似してひどく叱られた研修生もいました。確かに守破離の守が大切といっても、何も考えずに完コピした授業は、同じものに見えても目の肥えたトレーナーから見れば「偽物」に見えていたのだと思います。
私たちの教え方のあり方に、「カミソリの授業・ナタの授業」という言葉があります。カミソリの授業とはその名の通り切れ味のある、一見わかりやすく、効率的な解法や解説を示すものです。一方で、ナタの授業とは、カミソリとは違って厚い刃で枝や木々をその重みで伐採していくような力の要る、いわば泥臭い授業のことを言います。どちらが良いというものではありませんが、私がこの会社の研修期間中に経験した「教え方をあらゆる方向から徹底して考える」というスタンスは、単に論説文の解法という狭い範疇ではなく、かと言って、講師都合の小手先のテクニックや、安易な抽象化に持ち込むようなものでもありません。教材に徹底的に向き合い、教える側も学ぶ側も双方が考えるというスタンスを大切した教え方の本質を学んだ時間でした。
そして30年たった今も、教えることの本質とは何かを考えるときにこの経験を思い出すようにしています。
今年もどうかよろしくお願い申し上げます。